その名は「王」を意味するヘブライ語に由来する。モレク/Morech、もしくはメレク/Merekとも。モロクは極めて残忍な神で、ユダヤ人に最も忌み嫌われる存在のひとつという。ミルトンは、母の涙と子の血にまみれた魔神と蔑み、プランシーは、地獄会議の主要メンバーで涙の国の君主であるとした。ソロモン七十二柱の「21:マラクス」のルーツでもある。

モロクは元来、ヨルダン東部のロトの子孫:アモン人の強壮な神であった。その姿は「青銅の玉座に座る王冠を被る牛頭神」として描かれる。モロクの残忍性を象徴付けたのは、王に力を与える代償として初子を贄とさせたことだろう。この贄の儀式は、エルサレム南端のヒンノムの谷=(ゲー・ヒンノム転じてゲヘナ)の聖堂で行われた。聖堂に響き渡る盛大な音楽の中、親は子を炎へ放り込むという…。

この贄の惨劇と、後に此処がゴミと罪人の焼き場となって禍々しい炎を上げ続けた事が相まって、人々はこの炎に地獄絵図を重ね合わせた。こうして、地獄の劫火は「ゲヘナの火」と呼ばれるようになる。

また、ユダヤのラビ(律法学者)は、地獄の中心に「巨大な真鍮製の両手を拡げた牝羊頭の」モロクの神像があると考えた。神像の内部は、灼熱の炎で満たされた七つの小部屋に分かれ、それぞれに贄として小麦粉・キジバト・牝羊・牡山羊・仔牛・牡牛、最後に子供が置かれた。そして、この贄を焼き尽くす神像からは、断末魔の叫びが絶える事は無いのである。

生贄の儀式はユダヤ人がゲヘナの地を支配するようになってからも暫く続けられていたようだ。…このような行為が絶えぬのは、力への渇望を抑えられない人間の罪深き性ゆえであろうか?

モロク/Moloch